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ウィーン発、オペラ歌手おいぞうの日常
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覚えがき「cruel spirals」フィリップ・マヌリー 注意・内容暗いです
←会場の宮殿の間に飾られていた巨大シャンデリア

cruel spirals 「冷酷なる螺旋」
一昨日歌い終わったこの曲が頭のなかで鳴り止まない。
まさに螺旋のように、ぐるぐると頭の中をまわっている。

2007年の作品。
ユダヤ系アメリカ人であるJerome Rotenbergの詩にフランス人のマヌリーが曲をつけた、ある意味異色の作品ともいえる。
9曲からなるツィクルスで、編成はソプラノ・フルート・クラリネット・ヴァイオリン2・ヴィオラ・チェロ・コントラバス・ギター・打楽器
30分ほど。


9曲のうち一曲めと九曲めはもう一瞬も油断できない変拍子で
  16分音符 3+3+2+2、3+2+3+2、2+2、3+2+2+3、3+3+2 こんな感じで延々とつづく。
実際落ちないか冷や汗ものでしたw

9曲中 Lamento 哀歌 と題された短い楽章が5つ挿入されており
各ラメントごとに、かつての強制収容所の名前がタイトルとして書かれている。

たとえば LamentoIIIは[Bergen−Belsen]
ベルゲン-ベルゼンというのはハノーファー近くにあった強制収容所。

その詩は以下のとおり(訳おいぞう 原詩は英語です)



私をとりまいている
私は知っている
お前も知っている
柵には憐れみがある
「生きろ」
死体
死体
踊る死体



すばらしい曲だったし、アンサンブルも本当に一流だったし、この曲を歌えたのは僥倖ともいっていいほどのことなんだけど、
ほんとうに重かった。

いまの自分にできうることはやった。
でもこのテーマが表現しきれたとはとてもいえないし、
またぜひとも歌いたい。チャレンジしたい。
どうかそのチャンスが訪れますように。


どうやらDVDにとっていたようなので
いただいて気が向いたらTubeにでもupしますばい。




JUGEMテーマ:現代音楽
posted by おいぞう | 04:05 | 音楽 | comments(0) | trackbacks(0) |
Momo 音楽劇「モモ」を観にゆく
あの有名なミヒャエル・エンデの「モモ」を
おいぞうのお友だちの作曲家くんが子供のための音楽劇に仕立て上げたので
観にいってきました〜♪

すばらしい舞台だった!
ストーリーはご存知のとおり、時間管理局とモモとの攻防。
80分つづく音楽劇だったのだけれど、
観客の子供たちがぜんぜん飽きない!
釘付けになってみてました(*´ω`*)
もちろんおいぞうも、次になにがおこるのか
わくわくしながら観ましたよ〜*:.。☆..。.(´∀`人)

じつは作曲家の彼に出会ったのは彼がまだ23才のとき。
いま28になるんだけど(まだ28!)
ほんとにここ数年の彼の作曲技術の成長には
目を見張るばかり(゚Д゚)

この「モモ」で、オーストリアの有望な作曲家に送られる賞を受賞したり
ドイツの劇場とあらたに契約したりと、
28歳とはおもえない活躍ぶり。

これからますます、彼の将来がたのしみだし、
おいぞうはそんな彼の初演をたくさん歌わせてもらえることを
光栄に思うのでした<(`^´)>

てか、コツコツ努力するひと、そして常に上を目指そうとするひとって
ほんとに報われるんだなぁと
改めておもったりして。

おいぞうもダラダラしてないでがんばろーっとヽ(゚∀゚)ノ
元気をもらえた舞台だったのでご報告

ちなみに、この音楽劇、日本語になって日本でも上演される日がきっとくるとおもう〜




JUGEMテーマ:海外生活


posted by おいぞう | 05:07 | 音楽 | comments(8) | trackbacks(0) |
音楽葬
ごぶさたしてますおいぞう
久しぶりの更新のくせに、今日はなんだか哀しい内容なので。。
元気な人だけ読んでほしい(´人`)






最近、仕事でお葬式のミサを歌わせていただくことがよくあるのだけれど
今日は中央墓地でのお仕事でした。
ベートーヴェンやブラームスやその他たくさんの楽聖も眠る、
静かで緑豊かなウィーンでいちばん大きな墓地。


広いホールにかざられたたくさんのバラの花と
煌々と灯されたロウソクにかこまれておかれてある棺。
参列者はたったお二人。身なりのよい老夫婦。
亡くなったのがだれなのかはわからなかった。(お棺がおおきかったので大人のひとだとはおもう
30分間淡々と、わたしたちが音楽をとぎれさせることなく奏でつづけ、
神父さまもおらず、だれも言葉を発することなく、お葬式はおわり。
いわゆる「音楽葬」

いつもはお仕事なので、かなり割り切って歌っているのだけれど(もちろん心はこめるんだけど
今日ばかりは心をかなり動かされてしまった。
あまりに寂しかった。
亡くなったかたのご希望だったのかもしれないけれど
ひろいひろい会場にいたのが、参列者の老夫婦とわたしたちソリスト3人とピアニストだけ。
人が一生いきてきて、最期をみとったのはたったこれだけなんだ。。

それでも、オペラのアリアやシューマンのトロイメライや
賛美歌に静かに送られるのは
もしかしたら悪くないのかもしれない。
さまざまな想いは音楽にたくすだけでよいのかもしれない。

参列されたご夫婦おふたりともが
途中で涙をそっとぬぐっていたのが、印象的でした。
わたしたちの歌で、少しでも心やすらかにこの世を旅立っていけたとよいのだけれどと
祈らずにはいられない、そんなお葬式でした。
posted by おいぞう | 05:51 | 音楽 | comments(4) | trackbacks(0) |
カフカ先生。。
9月にはいって
ブログを一回も更新していないことに
ふと気づきました。。。

いっかーん!

ちょろちょろと
オペレッタナンバーをうたうコンサートなどをこなしながら
10月半ばにせまった
G.Kurtag "Kafka Fragmente" op.24 クルターク 「カフカ断章」
のコンサートにむけて
猛チャージ中のおいぞうおいぞうでっす!

40の断片的な楽章からなるこの作品
ソプラノとヴァイオリンの華麗なる競演!なんだけど
いやー めっさむつかしいw

音楽的な表現のむつかしさはいうまでもないんだけど。。
その内容がねw

テキストはカフカの日記からの断片的な引用。
いくつか抜粋。。。


"Einmal brach ich mir das Bein, es war das schönste Erlebnis meines Lebnes."
足を折ったが、人生でもっとも素敵な体験だったといえよう。

"Es gibt ein Ziel, aber keinen Weg; was wir Weg nennen, ist Zögern."
目的地はあるが、道がない。「道」とよばれるものは、ただの「躊躇」にしかすぎない。

"Der Coitus als Bestrafung des Glückes des Beisammenseins."
性交〜一緒にいることの幸福な罰則としての〜

"Geschlafen, aufgewacht, geschlafen, aufgewacht, elendes Leben."
寝て、起きて、寝て、起きて、みじめな人生。


とまぁこんな具合で40曲。
なかには8小節くらいの(30秒でおわる)ものもあるけれど、
けっこうなボリュームです。

ほかの事をやってガス抜きしないと
内容が暗いんぢゃーーーーーーヽ(`Д´)ノ

JUGEMテーマ:クラシック音楽
posted by おいぞう | 17:27 | 音楽 | comments(8) | trackbacks(0) |
ひさびさのディーヴァ
5日にあるラジオでの録音の稽古がはじまってます。

それは、ソロ、ではなく
各パートを一人ずつがうたう
声楽アンサンブル
みたいなもの。
全部で7人。

で、あいかわらず現代ものw

ある曲の楽譜がまたすごくって。。。

一部をおみせするとこんな感じ。

ロゴテティス A.Logothetis という人の書いた「分散」Dispersion という作品。

一見幼児のいたずら描きのようですが、いちおう一つの作品w

演奏者は任意の一行をえらび(1〜13まである)
それぞれが時間軸にあわせて、即興的解釈を加えながら演奏するわけです。

現代音楽の世界では、
実はこれは
そんなに度肝をぬかれるような楽譜でもなかったりするんだけど
まぁなんというか
「典型的なクラシック音楽」の譜面でないことは確かです。


さて、表題のディーヴァとは
元をただせば「女神」という意味なのだけれど
オペラ界での普通の意味は
「主役級の女性歌手」
転じて
わがままいっぱいの歌手
という意味に使われることがあります。

これは、一昔前のソプラノ大物歌手によくみられた傾向。
いまではほとんどお目にかかることはない。
おいぞうが一緒にいままで仕事してきた中でも
大物歌手になればなるほど、
オーラこそあれ、けっして尊大ではない。

で、昨日の合わせで
一人の同僚がこの曲の演奏中に
「わたし、この作品の意図がわからない。だからやりたくない。歌わない」
といいだした。

ヲイヲイヲイ(゚Д゚;)
仕事だってばw
これでお金もらってるんだからさ〜

とおいぞうなんかはおもうんだけど。。。

たとえ、「なんだよこのks作品」(失礼!)
とおもったとしても
演奏する以上は、誠意をもって取り組むのがおいぞうのポリシー。

てか
演るからには、楽しまないとおいぞう

というより、作品が気に入らないなら、仕事をうけなければよい話だ(`・ω・)

彼女はどうやらあまり現代もののジャンルに慣れているわけではないらしい。
いつも
バッハとか、モーツァルトとか、
そういうものを好んでうたっている模様。
いや、それならそれで、そこのジャンルにとどまっててくれていいんだけどwww

さて、彼女が本番はたして一緒に演奏するのか、
興味深いところダス。


まぁある意味、
そこまで自己主張できる彼女(こっち人)が
うらやましくもある。
おいぞうは小心者でまじめな日本人だぁよ


JUGEMテーマ:現代音楽
posted by おいぞう | 15:11 | 音楽 | comments(4) | trackbacks(0) |
ピーパ、あるいはピーパー
きのうの初演作品は、ソプラノ、語り、チェロ、そしてピーパによる小品でした。

ピーパって何ぞ、とおもうでしょ?
わたしも実は知らなかったのだけれど、これ中国の楽器。
「琵琶」と書いてピーパ、或いはピーパー。←かわいい名前だぞ

クリックで拡大よ

要するに日本語で「びわ」のことです。
ほらあの耳なし芳一が弾いている楽器。
琵琶って中国から奈良時代に伝わってきたものだったのね。
ぜんぜん知らなかったよ。
(大学のとき「日本音楽」の授業をさぼっていた結果がこれだ┐(´ー`)┌ )

このピーパ、

てけてけじゃかじゃかにょよよよよ〜ん

というような音がします。日本の琵琶より気持ち音色(おんしょく)がライト。
意外と西洋楽器とも合うのでびっくり。
抹茶シェイク、とか、わさびチップスみたいに。

「5000年の歴史を誇る中国の楽器よ!」
と競演した中国人のピーパ奏者はのたまったが、あとで調べてみたらもともとはササン朝ペルシャの楽器だったらしい。
うん、まぁいいんだけどね。

ちなみに現存する最古のピーパ(琵琶)は正倉院にあるらしいです。
中国からの贈り物だそうで。
詳しくはwikiでどうぞ


ところで今、みなさんにピーパを見てもらおうとグーグルで画像検索したんだけど、心にヒットした数枚を載せとくね。

風流ですね
どうなのこれ? でもかなりイケメン
…いいの? これで?

*いずれも中国のサイトより


JUGEMテーマ:現代音楽
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posted by おいぞう | 22:39 | 音楽 | comments(10) | trackbacks(0) |
ブダペスト
週末はブダペストでコンサートでした。
ウィーンから旅の楽団よろしくチャーターバスで高速を3時間。
そしてそこはもうブダペスト。

ハンガリーはウィーンより紅葉が早いのか、ウィーンからの高速沿いに見える紅葉、黄葉の何ときれいなこと。まさに極彩色。
やっぱり秋の葉っぱは紅が素敵 ウィーンの街は残念ながら紅くならないんだもの(黄色一色になる)。
 色づき始めた街

 ホテルの目の前は英雄広場
観光する時間はまるでナシorz
いやもう観たことあるからいいんスけどね…。シクシク

 歌ってない時にとったリハ風景
現代音楽の舞台っていつもこんな感じでケーブルやらマイクやらたくさんの譜面台やら訳の分からない機械やらで溢れてて、いつけつまずくかひやひやなのでした。

自分の演奏的には楽しめたコンサートだったんだけど、なによりもFausto Romitelli ロミテッリという現代作曲家の超かっこいい作品Professor Bad tripに出会えたことは収穫。
その曲は歌なしだったので一観客となって聴いてたんだけど、すごいエネルギー。熱い!

試聴こちら♪

こういうの日本じゃ全然受けないかな…??
どうなんだろう。
ご興味のある方は24日、ウィーンでもまたやるので聴きにいらしてちょ。
posted by おいぞう | 07:30 | 音楽 | comments(4) | trackbacks(0) |
Nobody knows


何をいまさら、と笑いたくば笑ってください。
おいぞうは最近スガシカオさんにどっぷりと嵌まっています。

実はワタクシ、普段は普通の音楽を全くシャットアウトして過ごしています。
というのも、イヤと言うほど「音」と向き合って過ごす生活だから。
CDも参考のためにしかほとんど聞かない。
聞くとどうしてもいろいろ気になってしまう。
聴かなくていいところを聴いてしまう。
全てのラインを追ってしまう。
微妙な音程のずれを意識してしまう。
和音展開の平凡さに辟易させられる。
こういうのは結構疲れるんです。

しかし、スガシカオさんのこのハートをがっつりと掴む歌詞にやられました。
それもそのはず、彼自身もハルキストなのですな。
春樹好きの血が呼応するのか。
音楽を聴いてここまで歌詞にぐっときたのは本当に初めて。
そしてこのカッティングギターのかっこよさっぷりはどうよ?!
いやー、高校3年のときすっぱりと縁を切ったと思っていたJPOPですが、あらためて、全然悪くないじゃん。

今度日本に帰ったらBEST版、手に入れよーっと。
posted by おいぞう | 04:12 | 音楽 | comments(7) | trackbacks(0) |
あくまで、ほんの少しですが
今はわりと酔っぱらいなので、大言壮語もロマンティシズムも勘弁してくださいよ。


音楽を演奏するとき、「人を感動させよう」と思って感動させることは決してできません。もちろん、ある程度のテクニック・構成力をもって聴衆を「上手いな」とうならせることは可能だけれど、聴いてくれている不特定多数の人の心を意図的に感動のうずに巻き込むことは不可能であるわけです。
たとえば、同じ小説を読んでも毎回共感するところが違ったり、あるときはぴんとこなかったりするように、音楽も然り。
心というのはあくまで相対的なものだから、絶対的に、確実に、人の心を動かすことはできない。

でも本当に偶然に自分の演奏が人のこころの琴線にほんの少しふれることがある。
今日演奏後に、聴いていた見ず知らずのあるおばあさんから「鳥肌が立った」と本気で言ってもらえた時のなんともいえない嬉しさはやはり格別です。
いろいろ報われないこともたくさんあるけれど、そういうほんの少しの時間のために自分は演奏しつづけることができるんだな、とおもう。
決してきれいごとではなく。
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posted by おいぞう | 08:09 | 音楽 | comments(4) | trackbacks(0) |
モーツァルト肖像画
んー、かつらとくちびるの赤さをさっぴいたらこういう顔のオーストリア人よくいるよなー。
現代に至るまで200年以上、あまり人々の顔は変わっていないのですかね。

日本にも200年前はまだちょんまげの人が、そして高島田の人がいたわけですよね。
化粧や衣服、かつらなどに惑わされているだけで、顔、骨格自体はあんまり変わらないのかもね。

posted by おいぞう | 08:51 | 音楽 | comments(2) | trackbacks(0) |
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